1980年代、コートジボワールは西アフリカにおいて模範的ともいえる経済発 展を遂げ、アビジャンはアフリカファッションの中心地となった。 そしてウヴェ・オメールは、マリの若き天才デザイナークリス・セイドウ ―彼はその絢爛なショーにおいてパーニュ(アフリカ原住民の腰巻)に気品を 与えた― のファッションショーの写真を撮るべく招待された。 ウヴェは初のアフリカファッションのフォトグラファー、初めてアフリカンエレガン スを撮ったフォトグラファーで、その彼と私は出会った。
また、彼は詩人レオポルド・セダール・センゴールのブラックビューティーを昇 華させた本「ブラックレディー」の写真も手がけた。 この1983年から84年にかけて、私個人は自身のクリエーションにおいて疑問 を投げかける<ビロコ>の時代にいた。<ビロコ>とはサンゴーの言葉で 手荷物という意味。
私はこの新しい表現方法である≪精神的な≫手荷物を表す素材を求めて市 場や村々を奔走していた。 ウヴェは私の活動に魅了され、これらの作品、そして骸骨や皮革、羽そして いろいろな動物の爪などを見つけ出したコートジボワールやマリの縁起物を 売っている市場での素材探索活動そのものを写真に収めることを提案した。 我々は共同で本を作る予定だったが、残念なことにそれは実現しなかった。 とにかくこうして最初の同行の旅を遂行し、そこで我々のアフリカの本質に対 する視線が完璧に一致していることを確認した。
ウヴェは私のその他の作品-ゲートと呼ばれる作品や彫刻-も写真に収め た。彼は私の作品の魂を最もよく感じ取れた人物なのである。 2007年秋から冬にかけて、また2008年春に日本で遂行したウヴェ同行の松 雄芭蕉の足取りを追いながら束の間のクリエーションを行っていく旅は、見事 なまでに我々の共生の確証となった。
Kaidin
|